ときどき晴れのくもり空

いつか想像してた未来と今が少し違っていたって

『三文オペラ』と姉妹の週末

2014年が終わる前に、2014年の話をしようと思う。

もはや、すっかり昔のことになってしまった9月末の連休。あの連休はお芝居づいていて、ACTシアターへ行った数日後には、新国立劇場へ。『三文オペラ*1を観に訪れたのだ。

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ところで、この新国立劇場の中劇場とはやたらに席の相性が良くて、2013年の春にやっていた『今ひとたびの修羅』を観に行ったときは前から2番目だった。

ともかくいい匂いのする宮沢りえさんと、その距離だともはや“見上げる”という形容の方が正しい堤真一さんの押し出しの良さに、きっとこれより良い席に座ることは二度とないだろうなあ、と覚悟したことを覚えている。

それが、同じ中劇場ということで、ふらふらと訪れてみれば、今回はなんと最前列(!)というたいへんに幸運な事態になった。

実はチケットを発券した際には、もう少し後ろだと思っていた。中劇場は演目ごとに少しずつ座席が変わるようで、思いつきでチケットを取ったわたしは、座席表を見つけ出せないままだったからである。

ところが、いざ劇場に足を踏み入れてみると、まさかまさかの一番前。あまりにびっくりしてしまい、一度席に着いてみたもののすぐに立ち上がり、とりあえずロビーに出てみることにした。

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新国立は、ホールが何個もあるので、一歩外に出るととても開放感がある。天井も高く、窓も大きくてとてもきれい。

前回来たときは夕方、それも開演ぎりぎり前だったので、「広いな遠いよ」しか思えなかったのが残念だったのだけれど、今回は心を整えるためにも、ゆっくりとロビーの展示物を見て回り、広くて素敵だなあという感想に上書きされた。

何かに似ている、と思ってしばし考え、あああれだと思い当たる。

子どもの頃、友達のバレエの発表会の開演を待っているまでの間に似ているのだ。行こうとは決めたけれど、具体的に何をするのかはよく知らなくて、でもともかく時間前にいそいそと駆けつけ、手持無沙汰になりロビーでうろうろと展示物を眺める。

これから観られるものにそわそわしていて、でもあんまりわかんないなと不安な気持ちが湧き、ちょっとくらい予習をしてくればよかった、とほんの少し後悔したり。「むつかしくないといいなあ」とこっそり願ったりした。

町の文化会館なので、もちろんレベルも規模もぜんぜん違うけれど、よくわからないところにあるゆるやかな階段、ガラス張りの高い窓。そういうものがひとつひとつ、記憶を呼び起こす。

何よりも、同じ建物でいろいろな催し物をしているため、いちばん入口のところのロビーでは明らかに違う客層のお客さんが、にぎにぎしく行きかっているところが、あのころの「なんでも観られる場所」と同じ空気を醸し出している。

 

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ロビーでかわいらしいくまを何匹か見つけ、写真に収めたところで、開演5分前のアナウンスが入る。

心して席に向かい、別に何というわけではないのだけれど、口紅を塗り直し、既にきちんと設置されたセットが、しんと開演を待っている舞台上を見上げながら、この距離で観る舞台というのはどういう景色なのだろう、とまばたきを忘れる練習をした。

 

数時間後。拍手をして席を立ち、わたしは、ふうむ、と唸っていた。

よくわからないまま訪れ、結局、いまいちわかりかねるまま劇場を後にしているところまで、あの頃と同じになってしまったなあと。

もっとも、一番前の席で観るお芝居は、面白かった。なるほど、たった1列でも、また2列目とはぜんぜん見える景色が違う。もしかすると、劇場の作りによるのかもしれないけれど、他のどの席で観るよりも、「目撃している」という感じがする。

「観ている」のとは違い、今、目の前で、手を伸ばせば触れられる距離で起きている現実の出来事を、いちばん間近で、でも決して参加はできない場所で、ただ「目撃している」という感じが。

奈落からせり上がってくる演者の方と、数mの距離で目が合ったり、目の前に腰掛けて話しかけられたりと、そういう役得感(?)ももちろんあったのだけれど、でも遠くで観ているよりもずっと、「ああわたしは誰かの人生を今目撃しているのだ」という実感があった。

いちばん近い場所で、ただじっと身をひそめ、すべてを記録しようとカメラを回しているような気持ちになる。

少し距離のある席と違って、全体を見続けるのが難しいため、瞬間ごとに自分の目で焦点を合わす場所、切り取るところを決めないといけないせいかもしれない。

そういうわけで、最後圧巻の演技で、思わず何もやってくるはずのない劇場の後ろを振り返ってしまったほかは、息を詰めて舞台を見上げていたせいで、なんだか二幕が終わった時にはくたくたになってしまっていた。

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そうして全力で観たにもかかわらず、まだまだわたしには、『三文オペラ』はちょっと難しかったなあという印象。

脚本も、いわんとすることも、演出も、頭では理解できるけれど、じゃあよくわかりますか? と訊かれると、感想はまだちょっと「むつかしい」という言葉になってしまう。

でも、あの頃「わからなかったもの」は、きちんと体のどこかにそのまま残っていて、「わからなかった」からこそ、変な解釈も脚色もなく保存されている。バレエとか、お芝居とか、映画とか。いっそ、誰かが言った、単なる日常の一コマの台詞なんかが。

観たことも忘れてしまったような時間が経ったときに、ふっと思い出し、「あっ……あれってそれかあ」と急に合点がいくことも多々あった。

肩どころか、足のつま先にまで力が入った状態で見続けたこのお芝居が、そう遠くはない未来のどこかで、心にふっと腑に落ちる瞬間があればいいな、と思う。そのときまで、今日のこのままで、体に残っているはずだ。

 

ところで、もともと「観てみたいな」と思ったきっかけであった、ヒロイン役のソニンちゃんは素晴らしかった!

もともとは、アイドル時代に声がよかったなあ、というくらいの淡い関心だったのだけれど、歌もお芝居もかわいらしくて、コメディエンヌっぷりも堂に入ったもの。

そして何より、ほんとうに声がよかった。声質というのは武器だなあ、と思う。ずっと聴いていたい。

それに加え、主演の池内博之氏の、イイ男すぎてそれだけでいろいろと正当化される色男っぷりであったり*2、舞台を締める山路氏の存在感なども堪能しつつ、もうひとり、追いかけてみたい女優さんができたのが、個人的にはいちばんの収穫だった。

主人公&ヒロインと四角関係(?)を演じた中のひとり、お嬢様役の大塚千弘さん。

いいとこのお嬢さん感あふれる可憐な立ち振る舞いと、お上品なままどんどん下世話な手でヒロインを出し抜こうとする奮闘ぶりがかわいくて、ヒロインとふたりのシーンは最高に楽しかった。

ちなみに、実の妹さんは『ファントム』でヒロインをされていた山下リオ嬢だそうで、期せずして、御姉妹それぞれの舞台を梯子した連休となった。

とても良い席で観られたよろこび、いまいちわからなかったくやしさ。

そういうのをすべて吹っ飛ばして、帰りの電車でその事実を知ったわたしのその日の感想が、「ご両親にとってはたいへんな週末に違いない」に落ち着いたのは、どこか懐かしい広さの会場を歩き、自分たち姉妹の発表ごとを梯子する両親の姿を思い出したせいかもしれない。

*1:2014/2015シーズン演劇「三文オペラ」 | 新国立劇場

*2:冷静に考えると、ものすごくしょうもない男なのになあ、主人公。最後になんだか大儀っぽいことを掲げてたけど、それとこれとはいろいろ別でしょ、と思う。