ときどき晴れのくもり空

いつか想像してた未来と今が少し違っていたって

Counting

土曜日。天気はそこそこ。昨日の晩は、寒かった。

朝の6時という、いつもより数時間早い時間に目が覚め、暖房を入れっぱなしで少しざらついている喉のために、柑橘の飴をなめなめ、ベッドに寝転がったまま、kindleに入れっぱなしだった『退屈ゲーム』を読む。

kindleのいい点はどう考えても、まだ電気をつけたくないけど本を読みたいときに、ベッドに寝転がったまますぐにページがめくれることで、もう半年も前に購入したこの文庫はそんなときに思い出したように呼び出す存在になりつつあり、先日ようやく、表題作を読み終えたところである。

不思議と目覚めがよく、それ以上ベッドにいられなくなって抜け出し、おばあちゃんから届いた、お鍋いっぱいに温めても、まだまだたっぷり何食分もある豚汁に、こちらも年始に届いた自前のおもちを1つ落として、はふはふ言いながら朝ごはん。

しょうがの効いた豚汁は、自分だと端折るごぼうもたっぷり入っていて、なんだかお正月の朝みたい。

 

お正月と言えば、今年のお正月はうどんを食べた。我が家にしては珍しく(とうかほぼはじめて?)金刀比羅さんへ初もうでにでかけたのだ。

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元旦の朝は、とてつもなく寒かった。あまりの寒さに一瞬逡巡し、でも、せっかく他の日であればひっぱっても起きてこない妹まで、お化粧をした状態で玄関のドアを開けたので、昨夜の打ち合わせの通り山まで行こうという話になった。

それにしても寒い。

よく晴れていたけれど、空を見上げる余裕もなかなか外では出てこないくらいの寒さで、両親が散歩のときに使っているニットの帽子とか、ふわふわのファーが手首についた母の手袋とか、いっそ毛布のようなあつぼったいストールとか。

駐車場まで一度降りたところで、わたしは寒さに負けてもう一度防寒を徹底しに戻ったくらい。

びゅうびゅうと風が遠慮なく新年を祝い、きっとこれだけ風があれば凧揚げは盛況だろうと思い、あっとうまに風でほどけたマフラーとストールに、いや、ここまで自由奔放な風ならいっそ揚げにくいのかも、と印象を訂正する。

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朝の10時過ぎと言うなかなか優秀な時刻に、家族四人で車に乗り込み、一路香川へ。

車にさえ乗ってしまえば、ときどき眠気覚ましに父が煙草を吸うとき以外はずいぶんと快適で、わたしはようやく生まれたての空を見上げて、清々しいため息をついたりした。

お正月にお参りに行くのは、たぶん15年ぶりくらいだ。まだお休みの朝になると目がさめてしかたなかったころ、たしか祖父母の家に挨拶に行き、その足でいとこたちと父と母の地元のどこだかに行ったのが最後。

10代も半ばにはすっかり宵っ張りになり、大晦日はしゃいだ後の元旦は、初売りのために起きだす元気はあっても、初もうでのために外に出る元気はどこかへやってしまった。

別に近場でもよかったのだけれど、お正月だし少し遠出をして、今年最初のごはんはおいしいうどんにしましょう、という母の提案でお隣の金刀比羅さんへ。

道中、おなかがすいてきた妹とわたしが、大晦日の残りのおかしを回し食べしているのを見かねた父が、「そんなん食べるならうどん2杯食べや」とたしなめる一幕もありつつ、お昼前には琴平に到着。

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ふもとぎりぎりまで車で行き、コロッケを売っているお肉屋さん以外は眠っているような商店会をつっきる間に、あまりの寒さに笑ってしまいそうになる。

商店街を抜けると、さっそく出店がたくさん出ていて、現金なわたしは少し元気に。

特に何が食べたいというわけではないのに、出店というものがどうもわたしは好きで、たとえば文化祭や大学祭、近所のお祭りや、ひいてはスケート会場の外に出ている代々木の出店なんかも、無条件にわくわくする。

そうはいっても好きなものもあて、その筆頭はりんご飴、それから東京カステラ

後者は母の好物でもあり、はじめてスケートを観に行ったとき、代々木第一体育館へ向かう路面にお店が出ていて、ひんやりとした会場の中でほかほかのカステラで暖を取って依頼、すっかりわたしの好物にもなっている。

たいていうすいピンク色の紙袋にみっしりと入っていて、持ち重りのする甘い匂いのする袋というのは、それだけでしあわせだ。わたしは特に、少しはみ出たタネがかりっと焼きあがっているはしっこを食べるのが好き。

 

出店を眺めながら、でも買ったのはおいしくもなんともない手袋である。写真を撮ったそばから手が冷えてきて、母に一瞬借りていた手袋をちっとも返せない気持ちになった。

とても手袋なしではやれない気がして、妹と並んで、遥か昔からやっていそうないかにもお土産店ですというお店の軒先で毛糸の手袋を買う。

そうしてようやく最終的に装備を整えて、さあ、階段を上るのだ。

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それにしたって、と比較的歩くのが早い父の後ろをもくもと歩きながら、わたしは思う。それにしたって、なんだって、元旦からこんないつもはしようとも思わないような苦行を、と。

金刀比羅さんというのはおそらく親しみを込めた呼び方なのだけれど、その音の通り、“金刀比羅山”でもあり、辿り着くまでには結構な山を登らなくてはいけない。

普段3階以上になれば階段を諦める生活をしているのに、なんだって、いちばんやすみたいお正月に何百段も階段を上らければならないのかしらん、と風が吹きすさぶにつれて理不尽な思いが湧き上がってくる。

寒くて口元までマフラーで隠したり、いっそマスクをしていて、おまけにみっしりと前にも後ろにも人が詰まっているため、大声で会話をするというのもはばかられ、家族四人でひたすらもくもくと上っていると、山を登るという行為は不思議なものだあなという気がした。

だって、登れば(ほとんどの場合)必ず降りてくるのだ。だったらいっそもともと登らなくてもいいじゃないか、と冷静になれば思う。

特に、これは初もうでだから、普段から山登りが趣味のような人の方が少ない。

今いっしょに歩いている人のおおかたが、電車やバスで席が空いたりこれ幸いと腰を降ろし、ちょっと歩く距離のコンビニなら躊躇なく車を出動させたりするはずである。

にもかかわらず、文句も言わず(というよりはむしろ喜んで)冬枯れでたいして景色もきれいでない山をもくもくと上るというのは、どういうことなのだろう、と。

そして、それをその最たるものである自分に照らし合わせてみれば、「そうはいってもお正月だから」であり、まさにもう「そこに山があるから」としか言い表せられないのだった。

もくもと階段を上っているといつのまにかぽかぽかしてきて、こんな山の上にも、お正月があることに驚く。

父と母と、妹と、一列になったり二列になったりしながら、もくもくと歩く。

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不思議なことに、いっしょに山を登ると言うのは、なんとなく連帯感を生む。

特に会話がないもともと同じ団体でもないまわりの人とでさえ、ずっと同じ配置で登っていると、なんとなくきりのいいところで解散すると、おつかれさまです、と言いたくなる何かがあるというか。

もっとも、それはわたしが人生において、山を登った経験と言うのがほぼ、学校や何かしらのイベントに凝縮されているせいかもしれない。

新年度はじめての遠足はたいてい緑の綺麗な初夏で、並んでもくもくと登っていると、はじめてクラスがいっしょになった子とでも、「しんどいねー」と気安い口が叩けた。

お互いそこそこしんどいと心得ているから、道中ずっと気を遣いあって喋っていなくてもよいし、声を掛け合うときには心地よい疲れもともなって、昔からの親友のようにぞんざいな口のきき方になった。

教室であれば数か月かかるステップが、ぽんっと一押しで進めるよう、後押しされるのが山登りだった気がする。

 

しばらくして調子が出てきたらしい、父と母が並んで登り始めたので、わたしと妹も特に急ぐ用事もないので、その後ろに並んで登る。

しっかりと防寒をした両親の後ろにいるのは、更にしっかりと防寒した姉妹で、そんなことに、ああもうこの家族に10代はいないのだなあ、と思った。防寒をしないというのは、10代の特権である。

みんないい大人になってしまったなあと、25歳の妹が目深にかぶったニット帽を見ながらしみじみと実感した。そうは言っても25歳は若いけれど、でももう10代ではない。

個人的には22歳まではまだ10代に入ると思っていて、なんというか、見目の良さを守るために若さで押し切る心意気があるのが10代ならば、たぶん大学生は10代のままだ。

すっかり大人になってしまったわれわれは、そんなおそらくデートであろう黒ストッキングにピンヒール、ハーフコートという10代の女子たちを、姉妹して数えながら登り、「なんというがんばり!」と、見つけるたびに互いに彼女たちの心意気を称えあった。

 

少しのぼったところで、大人なわれわれ姉妹+両親は、外から暖を取るだけじゃ我慢できず、早めのお昼と腹ごしらえにうどんを食べることに。

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父は肉うどんの大盛、母はきつねうどん、妹は山菜うどん、わたしはいちばんシンプルなかけうどん。

こんなに斜めな山道によくこんなにみっしりお店が詰まっているなあ、という区画の一角で、黒く光る木の持ち重りのするドアを開けると、思わず深呼吸したくなるようなだしのいい香りがした。

最初にお会計をすませるシステムで、暖房の良く聞いた店内で、今年最初のごはん。

まだ少しそれぞれどこかに残っていた「そこまでして、こんな寒い日に来なくてもよかったんでは」という全員の疑念が、ふわりとほどけていった瞬間だった。

わからないけれど、これがどうよかったのかはわからないし、まだ上まで数えると何段あるのかわからない階段が待っているけれど、それでも今日みんなでここに来てよかったのだ、という気がした。