最初は低温で、だんだん熱を上げて
金曜日の晩、生まれて初めて、春巻きを揚げた。
春巻きというと、中からアジアンな具がぼそぼそと出てきて、なかなか噛み切れない揚げ物、という印象しかなかったのだけれど、後は揚げるだけという状態で届いた手作りのそれは、しそとチーズ、あるいは、しそと梅が巻き込まれた変化球。
変わり春巻き、とでも言うのだろうか。二度上げをしてぱりっもちっと黄金色に揚がった春巻きは、敬遠していたのが嘘みたいに、とても美味しかった。
そもそも、油の後始末とそれから使う量に及び腰になってしまって、自炊をするようになって揚げ物をしたこと自体が久々だった。前はいつだろう、と思ったら、昨年秋に高尾山に行ったときに、からあげを揚げて以来である。しかも、たしかわたしは手伝っただけ。
からあげは、子どもの頃から変わらない、わたしの“いつでもいちばん食べたい食べ物”なのに、それ以来、一切食卓には上がってなかったのだった。
ところで、からあげというのは、無条件にテンションの上がる、数少ないおかずのひとつだと思う。
いちばん好きなのは、にんにくとお醤油とお酒、それから少しだけみりんを入れて、前日から揉み込んで味をしみこませたもの。あればぜひとも、しょうがもいれて。
我が家のからあげは、長い間、そのつけ汁に細い骨付きのものを付け込ませたもので、今でもわたしはあれがいちばん好きだ。お肉がたっぷりなやつよりも、細身のやつでかりっと揚がった皮の部分が好きで、たぶん、ケンタッキーでも皮がいちばんおいしいというタイプだからかもしれない。
ご飯というよりは、おやつを食べているような気分で、山盛りに揚がっからあげの山から、いつもきゅっと細身のやつだけを選んで自分のお皿によけておいた。
食べにくいせいか、それとも商品化すると大量に揚げなくては一皿分にならないせいか、外ではあまり見かけないことも含めて、今でもいちばん、よそのうちから晩ごはんの匂いがしてくる時刻になると、無性に食べたくなる味だ。
変わって、今まで食べた中でいちばん面白かったからあげは、函館でバーガーに挟まれていたもの。
正確には「チャイニーズチキンバーガー」というらしく、からあげとは少し違うのかもしれないけれど、チキンというようりはからあげ、という勇ましい衣がついていて、あまじょっぱいタレがぐわっとかかっている。
からあげがものすごく分厚くて、その上に更にぐわしぐわしと精力的に折りたたまれたレタスがなんとか挟まっており、どう考えても一口で齧れない背の高いバーガーである。
函館には、前日の夕方に着いた。
これ以上の本気はない、というくらいに本気で冬をしている北海道でそれまでは札幌止まりだったのに、函館まで足を延ばしてしまった。
面白いくらい雪が降っていて、午後3時ごろ、札幌から出ている汽車に乗ったときには明るかったのに、函館に降りたときには、もはや日が暮れかかっていた。
ちょうど下校する最中の高校生が、連れだってぱらぱらと乗ってきた路面電車に揺られ、ほとんど東京の12月くらいの防寒しかしていないOLさんの横に立ち、観光をする間もなく、温泉宿に向かったのを覚えている。
どこかへ旅行に行くたびに、観光地にも人が住んでいるのだという事実は、いつだって毎回律儀にわたしを驚かせる。自分だって、見ようによってはそうなのにもかかわらず。
10分ほど揺られた後で、最寄駅とは言えない距離のある最寄駅で降り、あまりに降る雪で、いっそ白々と明るい夜の中を、膝下まで雪に埋もれながら歩いた。“しんしん”とという言葉を思うとき、あれ以来、いつもわたしの頭の中には2月の函館が浮かんでくる。
そうしてなんとか着いた温泉では、なんと凍結(!)していて、内風呂しか入れないというそんな馬鹿な! というオチが待っていたのだけれど、いい旅だった。
部屋で食べるごはんはどれも美味しく、凍えそうになりながらどうしてもアイスが食べたいと降りしきる雪の中、コンビニに夜中に抜け出したことも、そして何よりもここまで来たこと自体に意味があったと思えるくらいには、とても「遠い場所」だった。
半年前には、自分の人生で数年以内に、函館という場所が登場するとは思ってもみなかった。
翌朝、観光らしい観光をする前に寄ったのが、「Lucky Pierrot」*1というハンバーガーショップだった。ご当地バーガーの北の横綱、と言ったところだろうか。
「函館スノーバーガー」という、ホワイトソースとデミグラスソースがかかった大人しめのものも、一口味見をさせてもらったら、とても美味しかった。ちなみに、スノーバーガーには、ポテトとオリオンリングも付いてくる。
サイドメニュー好きとしては、ついついスノーバーガーに惹かれたのだけれど、いちばん人気という言葉に弱いわたしは、初志貫徹でチキンバーガーを。
あまりに遠い場所で、ジャンクなアンティークが所狭しと並べられたお店は、どこか古いアメリカの映画の中のようで、ものすごく遠い場所で食べる朝ごはん、という感じがした。
やってきたチキンバーガーをかみしめると、じゅわっと懐かしい油の味が口いっぱいに広がる。
どんなところで、どんな形で食べても、いつもからあげは安心な味がする。朝の10時半にからあげは、正直、少し重かったけれど、日常を遠く離れた場所で、これが夢じゃないと実感するには、もしかしたら、いちばん適した朝ごはんだったのかもしれない。