どこかいい場所へ連れてって
ここ数年、だいたい1シーズンに1足、靴を買い足す。
これが女性として多いのか少ないのか、わたしにはわからない。少ない、のかなあ……。思い返せば、学生の頃は毎シーズンごとに何足か買い足していたので、少なくともファッション誌を定期的に読むような女性としては、少ないのかもしれない。*1
なので、靴を買うときは、なんだか朝からうきうきとしてしまう。
季節の始まりのときもあるし、だいぶ季節が進んで、やはり去年のものだけじゃ苦しくなってきた、というときもあるけれど、どちらにせよめったにない買い物なので嬉しいのだ。
洋服は試着する方が珍しいけれど、靴だけは必ず試着するというのも、個人的には珍しいルール。
靴に限って言うと、実用性なんて度外視した、ヒールが高い(それも華奢な)デコラティブなものの方が本当は好きだ。これは多分に、いちばんおしゃれに興味がある時期に映画『マリー・アントワネット』があったことに起因する気がする。*2
でも、悲しい都市労働者としては、靴というのは歩けないとわかると一気に、それはもう一切といっていいほど、足を通さなくなる。
何個かほとんどお蔵入りしているヒールを引っ越しで見つけて、「うーむ」と思い、ここ1年ほどは実用的なものしか手を出さなくなった。ぺたんこやスニーカーが流行り始めたというもの、大きな後押しになっている。
冒頭の写真で履いているのは、だから久々に買ったハイヒールだ。パンプスなら太いヒールかウェッジ、これくらい華奢なヒールはブーティーでも買わなかったのに、秋になるとどうしてもこっくりとした赤のヒールが欲しくなってしまい、誘惑に負けた。
最初は久々に履く細いヒールと、足首をホールドされていない感覚に、上手く歩けないくらいにはこういう靴から遠ざかっていたけれど、お休みの日に何度か履くと、すぐに勘を取り戻した。
慣れてみると、大学生の頃の、何も怖くなくて、すっと開けた視界の気持ちよさ、背筋の伸びる感じ……そういった感覚が戻ってくるのを感じる。
ハイヒールで闊歩する、というのは、大人の女の人が持っている中でも、一等格好の良い人生の技術だと思う。あんなに歩きにくそうに見えるのに、華奢なヒールを履くと人生が上手く歩けそうな気持になる現象に、名前を付けた人がいないのが不思議なくらいだ。
だから、恋人が靴を直して直して、何年も履いているのをみると、いいなあと思う。
今はまだ、足元がぞんざいになる生活をしていて、とても手が出せないけれど、30歳になるときには、一生魔法をかけつづけてくれそうな、「人生が上手く歩ける」華奢で端正なハイヒールを手に入れるつもりだ。
*1:ただ、わたしはどちらかというと、実用性の面よりは「読み物」としてファッション誌が好きなので、あまりその例には当てはまらない気もする。
*2:たしか、「美人百花」を初めて立ち読みしたのも、マリー・アントワネット特集が可愛かった2007年の2月号だった。