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ときどき晴れのくもり空

いつか想像してた未来と今が少し違っていたって

うるおう

life murmur cosme fashion

めまぐるしく11月が終わっていく。毎年のことながら、9月以降のノンストップ感はすごいなー。ぐうぐうとよく睡眠だけはとって、なんとか生き延びている3か月。

わたしにしては珍しくいろいろと旅行もして、それがばたばたに拍車をかけている。

東京にも早々と初雪が降ったということで、正式にダウンもおろしたりした11月の終わり。

今年のダウンはどうせなら防寒に特化したものを、と日和らずにしっかりしたロング丈にした。色も暗い色で、自分でこんなダークトーンのものを買うのははじめて。これまでダウンは白ばっかりだったので新鮮!

ばたばたしている分、家にいられる日はだらだらしていて、いろんな場所にヒーターを持ち歩いては部屋を堪能している。

最近、家で過ごすときに、めがねよりもかかせないのはヘアクリップ。

https://www.instagram.com/p/BMvVY_jDB_j/

グレーとピンクの配色が好きで、数少ないピンク色の洋服を着るときは必ずグレーを合わせるのだけれど、これはそれぞれの色味もどんぴしゃで、10代向けのお店で見つけたのに思わず購入した。

ふだん他のものではほとんど選ばないのに、ヘアアクセとなると、俄然ちょっともたつくリボンモチーフがすごくかわいく見えて不思議。

久しぶりにがんばって前髪を伸ばしているので、家ではがまんできずにこれですぐにポンパドールにしてしまう。

クリップ部分がかなりしっかりしているので、髪が逃げたり、まとめた後ずり落ちたりして来ることもなく、すごく快適!

本を読んだりPCに向かったりと俯く姿勢で過ごすことが多いと、前髪は流しておくよりまとめてあげてしまう方が、視界がすっきりしてしあわせだ。

視界が遮られるのががまんできなくて、だいたいすぐに切ってしまうのだけれど、今回はもうちょっとがんばれそう。

それにしても、世の女の人はどうやって斜め前髪で、いつも傾かずに前を見ているのかなあ。わたしには無理だ。

ちゃんとブローしたり、いっそカーラーやヘアアイロンを使うべきなのだろうけど。毎朝はできないよー。

 

家でこの秋よく使ったものは他にもある。

https://www.instagram.com/p/BMvVLkfDm5c/

今年はきちんと家にいるときにも唇を保湿するべくがんばっていて、そのお供はKiehl'sのリップバーム。クランベリーの香りが秋っぽくて、気に入っている。

真っ平で固い素材の出し口なので、一度指にとって唇になじませるのが個人的には好き。そのままぐりぐりつけるとちょっと痛いかな……というときがあるので。

バーム型のリップを使い始めると「今年も寒い時期がやってきたなあ」と思う、秋冬の風物詩。

もうひとつはぜんぜん秋でも冬でもなくて、今年の夏のMy Little Boxに入っていた「SUMMER LIPS」。

https://www.instagram.com/p/BMvVIdoD0tr/

色つきリップなので、使用感はとっても軽くて、色味も透ける感じの軽さ。

クリアでぱきっと明るいコーラルオレンジがかわいくて、すっぴんに眉だけ画いてこのリップを塗れば健康的な表情になるので、半分引き篭もりの、近くに出るだけの日にはよくつけている。

白地に明るい色のフラミンゴがデザインされたパッケージもハイテンションで好き。まあ、とっても夏っぽくはあるのだけれど。

歴代のMy Little Boxに入っていたリップものの中でも、いちばん使いやすくて好きかもしれない! 一度塗ると「いいな」と再確認して、わりにこまめに塗り直している。

そして、色つきリップとは少し違うけれど、本格的な冬に向けて、Diorのリップグロウを買ったので届くのが楽しみ!

家の中でも唇がつやつやしていると、なんだか美人になったようで随分気分がいいものだということを、久々に思い出した。

高校生の頃は、ほんとうに色つきリップが好きだったなあ。細身でするすると伸びる、こんな感じで柄の入ったパッケージのクリアな赤のやつが好きで、何本もリピートしたことを覚えている。

あれ、どこのなんてやつだったんだろう。

 

そういうふうに、一時期はあんなに親しかったのにもう名前すら主出せないものというのは、たくさんある。

https://www.instagram.com/p/BNZZZ-pD57e/

冬の代名詞であるポルテを食べながら、そんなことを考えた。

ほんとうにおいしくて好きなのだけれど、一年の内、限られた時期にしか食べられない、毎年冬にだけ親しくなる特別なチョコレート。

そういう風に「特別」な方が、やっぱり人は忘れないのかもしれない。いつもそこにあるものは、名前を意識する必要もない気がして、そうして数年後にはわからなくなってしまう。

いつもそこにあるものを忘れないように、わたしは日々を書き留めているのかも。飛び飛びで、散漫ではあるけれど。

今あふれている何かに、たしかな名前をつけるために。