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ときどき晴れのくもり空

いつか想像してた未来と今が少し違っていたって

週末の「お店屋さんごっこ」

life murmur yumyum

今年最初の3連休は、毎度の食事も浮かれていた。

とはいえ、年末年始の忘年会天国とごちそう攻撃で、外食が続いていたので、3日とも晩ごはんは家で食べた。

最終日の今日、連休最後のごはんは、年末から食べたかったお好み焼き。

https://www.instagram.com/p/BAZnE64L5U6/

自分だけが食べるときは、ネギと紅ショウガは入れずにつくるけれど、今日は要望があったので、どちらもたっぷり生地に混ぜ込んで。

こうすると、途端にちょっとジャンクな縁日の味になって、面白い。じゅうじゅうとソースが焦げるにおいもいいけれど、マヨネーズが焦げるにおいが更に好き。わざと盛大にはみ出させてかけてしまう。

実家の家族で食べに行くはずだったのが、焼肉に予定変更になって、もう10日くらい口がお好み焼きだったのだ。

 

振り返ってみると、初日はベーコンエッグに、わざわざ買いに行った焼きたてのパン、淹れたてのコーヒーをブランチにした後、夜は、年末年始に食べ損ねた、すき焼きにした。

すき焼き!

大人になってから、あっさりしたお鍋もずいぶんと好むようになったけれど、やっぱり鍋物の王様と言えば、すき焼きだという認識に変わりない。

甘辛い味付け、生たまごを絡めるという食べ方、もうごはんが進むしかないというところが、白米があまり得意でなかった子どもの頃から、とても好きだった。

ちょっと奮発したお肉に白菜。焼き豆腐にしらたきという、たいへんシンプルな具材に、割り下は自作。

去年作ってみたら、意外と簡単にできたので、ここ半年くらい、家でつくるようになった。

一本使い切るほどは作らないし、かと言って、すき焼きと言う料理はそう頻繁に作るものではないので、毎回「あれ? 割り下ってあったっけ?」とスーパーで首を傾げることになる。

それならば、毎回調味料を適当に放り込んで作る方が、無駄がなく新鮮でいいかな、と。

おせちの残りの紅白なますを箸休めに、久々にごはんをおかわりしてしまった。

 

2日目の晩ごはんは、野菜が食べたくなって、一汁三菜以上に。

https://www.instagram.com/p/BAYaV91L5QQ/

落葉きのこにたっぷりとした大根おろしを落としたお味噌汁、アボカドとパプリカ、トマトにたまねぎ、そしてレタスをドレシングであえたボウルいっぱいのサラダ。

アボカドはブロッコリーが売り切れていた(!)ため、同じ緑で食べでのあるものという位置づけで代用されたピンチヒッターで、わたしはどちらも好きなのでうれしい。

2日目の晩ごはんは、わたしはお味噌汁を作っただけ。

昨日に引き続き、紅白なますを少しと、釜揚げしらすを小皿に盛ったのも、やった気がする。でも、それくらい。

なぜなら、今日のメインは、からあげだからだ。

 

我が家では慎重さを欠くわたしは、安全のため、そして味のためという両方の観点から、あげもの担当は遠慮することになっている。

これは、年末にも食べて、またすぐに食べたくなったもの。実家に戻った時、久しぶりに母に作ってもらった料理で、手羽を更に細く割ったサイズの鶏肉で作る、ごくごく細身のからあげである。

1日目からタレに漬け込んでいたので、中までしっかり味のしみた、ちょっとジャンクな味のするからあげは、ついついおにぎりを頬張りたくなる味がする。

子どもの頃、お弁当のからあげといえば、これだった。

小学校のときには、給食があったから、遠足や運動会、そういった浮かれたハレの日にしか、お弁当は登場しなかった。

そして、そんな写真に残る日に、必ずお弁当箱の中に入っていたのが、このからあげだった。

骨なしでも、同じ骨付きでチューリップでもない、かといって手羽先でもない、この家でしかなかなか出てこない形状のからあげ。

運動会のときには、何段もある御重のいちばん上の半分が、ブロッコリーとたまご焼きで埋まっていて、残り半分にはぎっしりとこれがつまっていたりした。

父の好みで、ずいぶんと甘いたまご焼き(その反動か、わたしはいつのまにか、出汁巻きが好きな大人になった)。妹とわたしが、お弁当の中で、唯一喜んで食べた野菜のプチトマト。

それから、母の握る俵むすび。友達のお弁当に入っているような三角むすびがよくて、いちどリクエストをしてみたら、「こっちの方が詰めやすいのよ」と、我が家のおむすびは俵型のままだった。

握ってすぐに海苔を巻き、ぎゅっと重箱に詰める。

だからか、このからあげを思い出すときはいっしょに、舌にしっとりとしめった海苔の味も蘇ってくる。

 

たしか『昨日、何食べた?』で「あげものに必要な性質が2つある」という話があったと思う。

それを両方持ち合わせているように思える(何かは忘れた)恋人が作ったからあげは、気持ちジャンクな味がした以外、願っていた通りの出来栄えだった。

https://www.instagram.com/p/BAYaZSIr5QX/

たっぷりの野菜を使ったサラダも、少しジャンクな味がして、それぞれしっかり味が付いているところが、なんだかちょっとお弁当っぽい。

実際には、サラダはお弁当に持っていったりはしなかったけれど。食べきれなかった前日のすき焼きの残りも、しっかり最後までたいらげて、まんぷくで眠る。

作ってもらっている横で、はしから洗い物をしたので、とても快適なキッチンに。

だいたい洗い物と言うのは使ったそばからするなら、ちっとも苦ではない(むしろ、ある種の達成感がある)のに、いったんシンクから離れてしまうと、おそろしいほど苦痛な作業になるのはなぜだろう。

なんとなく食事を作らなかった方が洗い物をするという暗黙のルールがあるため、数時間後の自分のために、そのとき、ちょっと観たいTVを我慢することにした。

 

最終日は、前日のからあげのお礼もかねて、ブランチからつくる。

初日に買っておいたパンを焼き戻し、その間に、大きなフライパンでハーブの入ったソーセージを焼き、それに軽く焦げ目がつき始めたところで、目玉焼きを焼く。

スクランブルエッグと違って、ほうっておけるので、その間に本来はたまご料理用の小さなフライパンを取り出し、昨晩のサラダに使ったトマトとパプリカの残りを厚めにスライスして、ソテーする。

それぞれ焦げ目がついたところで、ひとつずつ重ねてとろけるチーズをいちばん上にかぶせ、強火でさっと焼く。チーズのいいにおい!

晩ごはんのお好み焼きは山芋をたっぷり摩り下ろしたもので、ボウルいっぱいにタネをつくったら、焼いても焼いても減らなくなった。

パンケーキとお好み焼きは、なぜかいつも加減を失って作ってしまう。まるで「お店屋さんごっこ」をしているみたいに。

昔、祖母の家で料理を作ってもらうと、笑ってしまうくらいの量が出てきた。

そして一品一品なくなるごとに、「今日はポテトサラダがよく売れた」とか、「酢の物はいまいちだった」とか、評するのだ。それを、わたしは「お店屋さんごっこみたいだ」と思っていた。

祖母のする料理は、だからどこかイベントめいていて、楽しそうだった。

というわけで、お好み焼き。元来、食べきれる量ではないので、ぜんぶ焼いて、粗熱が取れたところで冷凍庫に。

来週、くたくたに疲れた夜11時に食べた方が、きっと今もう1枚するりと食べるよりずっとおいしいはずだ。

空いたおなかのスペースは、食後のコーヒーで補填して。

https://www.instagram.com/p/BAZnIM-L5VA/

 

実家でもらってきたパンケーキの粉があるので、たぶん、来週の週末はパンケーキを焼く。

冷凍庫よりも冷蔵庫をいっぱいにして生きていきたいけれど、それでもやはり冷凍庫が充実しているのは心強い。

週末、突如開催される「お店屋さんごっこ」は、今年も当分、やめられそうにない。