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ときどき晴れのくもり空

いつか想像してた未来と今が少し違っていたって

スキンケアの効用

週末。少し早いクリスマスプレゼントに、実家宛のダンボールをパッキングした。

うちに置いておいても使わなさそうなもの、手に入れたもののしばらく出番のなさそうなコスメ、観にいけそうにない映画のチケット、もうこれ以上いらないノート。

そういったものをひとつずつ掘り起こして、きっちりと隙間なく、ショッパーに詰め込んでいく。どちらかというと、少し早い大掃除をスタートさせたという感じで、あれはあげてこれは残して、と精が出る。

壊れそうなコスメはポーチに入れた上で、隙間にぎゅぎゅっと読み終わった本も詰め込み、しっかりガムテープで封をした後は、てくてく最寄りの営業所まで持ち込みに行った。

寒いけれど、寒い季節の晴れた午後はとてもきれい。きらきらと睫毛で受け止める日差しにも、まだもう少し時間はあるのに、もはや年が明けたような清々しさがある。

帰りに寄ったスーパーで、既に丸餅が安売りされていたのも、変なふうに時間をねじれさせる。

 

いろいろと詰め込んだ中で、ピンポイントに母へのクリスマスプレゼントとして送ったのは、主に美容液。

昨年12月、はじめて届いたMy Little Boxに入っていたSONIA RYKIELの美容液に感動して以来、2014年は美容液づいた(?)一年だった。

http://instagram.com/p/jTRi6Ar5ZU/

とろっと白くゆるいクリームの“イドラ プルミエール フェルムテ”は、ほぼ無臭でふわりと肌を解き放つ感じ。

そこに、きれいな青いボトルの化粧水をはたきこむと、「ああ肌ってたしかに渇いてるのね」と生まれてはじめて実感した。ごくごくと、肌が化粧水を飲んでいるのがわかって面白い。

化粧水はローズマリーの香りがして、すうっと1℃体温が低くなるような清涼さで、夏に使う化粧水としてはなかなかしあわせだなあ、という逸品。

 

それ以外にもいろいろと譲り受けたものもあり、その中でも、ゲランの10000円(!)もするアイクリームは、たしかに使ってみるとぱんっと目元が張り、明るくなるのがわかったのだけれど、まだわたしには早かった。まあ言っても、現在、20代なのである。

どう考えてもクリームのポテンシャルを存分に発揮させてない気がして、それならば、と母に譲ることに。
 
後は同じような理由でしばらく絶対に使わないだろうな、と思ったクレ・ド・ボーのガラス細工のようなきれいなボトルの美容液も、まとめてプレゼント。
 
だいたい、幸いなことに、わたしは肌だけは丈夫なのである。だから化粧品といえば、基礎化粧品ではなくポイントメイクをするコスメだけが楽しかったし、まさか美容液を使う日が来るなんて、思ってもみなかった。
 
大声で言えることではないけれど、そもそも、きちんと保湿をして眠ることの方が少ないという落第生っぷり。
 
メイクを落として寝ない日だって、数える気にはなれないほどあり、昨年のクリスマスコフレに入っていたポイントメイクリムーバー*1に何度もこっそり助けてもらったりした。

http://instagram.com/p/gzWMbgr5WE/

ただこの一年、美容液を使うのは、ほとんど土曜日の夜だった。あるいは、飲み会だらけの週、なぜかぽかんと空いた水曜の夜。

化粧水+乳液だけじゃ飽きたらず稼働する美容液には、平日の喧騒から逃れた一時避難所のような夜に、ほっと一息つきながら取る「しばしの休息」という安らかさがあった。清潔で、やわらかくて、いたわりに満ちたとろりとした水。

まあ日々それはもういろいろあるけれど、今日はちょっと静かなところへもぐって、ほうっと肩の力を抜いて保湿でもしよう。

そう日常の中で足を止めて、少しだけ自分を大切にするきっかけになるのが、何やらいろんな効用があるやたら高価な水のほんとうの効用な気がして、師走を文字通り駆け回っている母に、美容液のひとつでも、贈りたくなったのかもしれない。

もっとも、わたしはできた娘ではないので、年末帰ったら感想を聞いた上でよさそうなものだけ使わせてもらおう、なんて算段がないわけではないけれど。

*1:エスティローダーのもの。落とした後、目元口元がふくふくになるので、ためしに顔全体にも使ってみたら、世にもしあわせなさわり心地の肌になった。容器のめんどくささえなければ、今年感動したコスメNo.1かも。