スープカレー・シンドローム
特に季節ものではないのに、寒くなると、食べたくなるものがある。スープカレーだ。
暑い季節には、ほとんど選ぶ機会がない。カレーというのは、その中でも、選択肢が多いメニューだ。
家で煮込む、野菜が半分溶けてしまったような甘口のもったりとしたポークカレー、外で食べる大きなナンをひたしてもひたしても減らないバターチキンカレー。
家で作るのは難しいし、外ではナンに走ってしまうしで、なかなか「じゃあ今日はスープカレーにしようか」となることはない。
かといって、好きじゃないかというとそういうわけではなく、たぶんライスで食べるカレーの中では、いちばん好きだ。
食べる機会が少ないのには、そこかしこにお店があるわけじゃない、というのも大きな理由のひとつとしてあると思う。
東京でも、どちらかというと「探していく」という感じで、調べないことにはなかなかたどり着けない。だから、同じお店に二度行くこともほとんどなくて、いつもその街で食べられるスープカレーを検索して、たまたま辿り着く。
この週末、だから!東京ではじめて、二度目ましてになるお店に行った。
地元では、おそらくわたしがいた間には、専門店はなかったはずで、だから、わたしの人生にスープカレーが登場したのは、数年前のことである。
北海道の名物だとは知っていたけれど、札幌に降り立ったときは、駅ビルの中にもいくつかお店があって、そのことに驚いた。
最初に連れて行ってもらったお店のことは、よく覚えている。ニッカウヰスキーのおじさんの看板を目印に、まださほど寒くない、雪も降っていない札幌の街を、ぐるぐるぐるぐる歩いた後の晩ごはんだった。
日が落ちて、薄手のコートだけじゃ少し肌寒くなってきたのを待って、大通りをひとつ横に曲がって、お店にたどり着いた。
ほとんど辛くないのに、体の芯からあったまるスープ、遠くでジャスミンの味のするライス。食べながら、この世にはなんて体にいいカレーがあるんだろう、と思ったことを覚えている。
これなら「好きなものはカレー」と答えても、ちっとも子どもっぽくないし、ごろごろと入った野菜のおかげで、ジャンクともほど遠い。
少し薄暗いお店の中で、どろっと甘いラッシーを飲みながら感じた、知っているつもりのものでも何にも知らなかったんだなあ、という感想は、その旅を境に、そのまま<恋愛>に対する感想になった。
人生で二度目に食べたスープカレーも、札幌だった。
はじめて食べたときから数ヶ月の時が流れ、東京でも冬が始まってしばらく経ったころで、北海道はわたしには見たこともないレベルの雪が降っていた。
大雪で遅れた飛行機は奇跡的に新千歳に着陸し、ばたばたとしたクリスマスの空港で、これはまた『ホームアローン』みたいな大狂乱だ、と思ったことを覚えている。
まわりの人はみんな一様に困ったような、それでいて弾んだ声で、一時間遅れになった「着いたよコール」をかけていた。
着いてさえしまえば、それは立派なホワイトクリスマスで、わたしも慌てて電話をかけ、雪化粧の施された汽車に乗って札幌へ向かった。
札幌の街は、吹雪いていた。黒のロングコートに、払っても払っても真っ白な雪が降り積もり、体が暖まるものを、と訪れたのが、「SAMURAI」*1というスープカレー屋さんだった。
普段カレーと言えばチキン派のわたしが、スープカレーだけは、角煮を選んでしまうのは、たぶんこの時食べた一皿がとてもしあわせだったからだと思う。
もう飛行機が飛ばないのかもしれないと思ったこと、こんな雪ははじめてなこと、クリスマスにミサに行かないのもはじめてなこと。
冷えていた唇が、熱いスープでほぐれるごとにわたしは饒舌になり、よく喋った。やわらかく煮込まれた豚の角煮はフォークで裂け、これからホリデイシーズンが始まるのだという、豊かさと安心感があった。