ときどき晴れのくもり空

いつか想像してた未来と今が少し違っていたって

Starting Over

休んでちょっと働いて、また明日は休み。カレンダー通りの飛び石連休だけれど、恋人が夏休みとまとめて休みを取り、今年何度目かの帰省をしていることもあって、ひとり精力的に遊び歩いている。

休日の晩ごはんも、ひとりなのをいいことに、まるで大学生になって、誰にも咎められることなく、晩ごはんにお菓子を食べられるようになった最初の日のようなメニュー。

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ずっと、ここのアップルパイを食べたかったのだけれど、期せずして、松之介デビューはバナナクリームパイに。

とろりと甘いカスタードクリームに、清潔な味のする生クリーム、そして中に隠れているちっとも青臭さのないバナナはもちろん、ほろほろと崩れるパイ生地がとてもおいしかった。パイの破片が喉に詰まる感じがして、実はあまりパイ自体は得意ではないのだけれど、それを忘れてしまうしっとりさで、とても食べやすい。

憧れていたものを王道から攻められない癖は、機を逃すのでやめたいものの、こうしてうれしい誤算もあるので、ついつい回り道をしてしまう。

土曜の夕方5時、恐ろしく混んだDEAN&DELUCAで、とてもおしゃべり好きなおばさまの後に並び手に入れた松之介の*1バナナクリームパイを食べながら、火曜も遊びに出かけるなんて、なんて活動的! と自分で自分に驚いてみたりした。

 

とは言っても、わたしの一人遊びは至って健全なもの。

いつもよりも少しお洒落をして、たとえばイヤリングを着けて、たとえば襟のついたワンピースを着て、そうして遊びに行くのは、もっぱら劇場である。

土曜日は結局4年半ぶり(!)の赤坂ACTシアターへ。『薔薇とサムライ』を観て以来である。

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その間にも、それこそ『ラストフラワーズ』とか、前回の『ファントム』とか、『ロミオ&ジュリエット』とか、足を運びたい演目は数多くあったけれど、残念ながらご縁がなかったのでこんなスパンでの再訪に。

 

それでも、今思えば、この劇場に通った4年前の1ヵ月が、私に劇場に足を運ぶという習慣を作ってくれたことは、疑いようもない。

当日券に並ぶという楽しみ、幕間、興奮したまま立ち上がり、夢のように晴れている吹き抜けの大きなガラス窓を見上げたときの、あの物語の中で泳いでいるような多幸感。ロビーに出れば、緑と空が一面に広がる景色が見上げられて、わたしは単に建物としても、劇場というものがとても好きになった。

だから、久々にACTシアターを指す矢印を目にしたときの感覚は、「また来れた」でも「久々だ」でもなく、ほっとようやく一息ついたような、「ただいま」の気持ちに違いなかった、という気がしている。

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そんな4年ぶりのACTは、一度見逃した『ファントム』*2。こちらも見逃した『ロミジュリ』の内1回は城田優氏が主演だったので、なんだか、4年分のブランクを不思議な形で埋めるような演目を選んでしまっていた。

ほぼ物語の予備知識なしで行き*3、主演の城田氏に関しても、愛するドラマ『SPEC』の不穏な彼氏……という程度の認識しか持ち合わせてなかったので、最初はどう観ていいのかわからず。

先日のディズニーランドで仮装に大興奮しているくらいなので、まず、テーマ的に衣装をよく観たい。でも、もともとのフィギュアスケート好きがむくむくよみがえり、踊っている人はともかく全部観たいし……そもそもこれってクリスティーヌに感情移入しながら見ればいいの? と、視線も視点も大混乱。

それが、ファントムではなくエリック*4が舞台の上に現れたときから、ああこれは『ファントム』なのだ、ファントムを観ていればいいのだとわかり、そこからはするりと物語に入り込めて一安心。

舞台は、役者さん*5も物語も、嬉しい驚きに満ちており、最後、「そうか、これはそういう話だったのか」と謎が解けるシーンでは、予想もしていなかったことに、うっかりカーテンコールまでに乾かないほどの涙を流してしまった。

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原作とジェラルド・バトラーの映画、それからNYのブロードウェイで観た良き年のおじさま演じる『オペラ座』しか嗜んだことがないせいかもしれないけれど*6、ともかくいちばん驚いたのは彼。城田ファントムのかわいいこと! 誤解を恐れずに言えば、立派な萌えキャラだった。

クリスティーヌに対する言動ひとつひとつが、褒められるのを期待してお母さんにまとわりつく5歳児のように、一生懸命で非常にかわいらしい。いじらしい、という言葉すら似あう。*7

何なのこの子もうかわいい、お菓子あげたい……! と思えるくらいには、丁寧に“エリック”が描写され、それはつまり、地下へクリスティーヌを連れ去ってからの2幕が、今までとは全然違う見え方をするということなのだった。

 

実を言うと、これまで原作も映画も、絢爛豪華な雰囲気こそ堪能しつつも、いまいち誰にも感情移入できないまま終わっていた。

だって正直、みんな結構むちゃくちゃである。そして怪人にあるのは、ある種のエキセントリックさと、崇高さ、それから哀愁。

でも、『ファントム』の中では、怪人もそしてクリスティーヌも、最終的にはちゃんと感情移入できる存在として生きていて、*8そしてエリックにあるのは、純粋さと、子どもっぽさ、それから切なさなのだった。

物語のラスト、真実が明かされたときのエリックの台詞がいい。前半の子どもっぽさも、中盤の怒りっぽさも、最後の追い詰められた狂気も、全部が帳消しになるほどに大人びた、優しくて強い一言だった。

普段舞台を観ると、女性ばかり観てしまうのだけれど、この舞台に関して言えば城田ファントムがほんとうによかった。歌声が甘くて、そして1mの距離で観てもよく顔が見えないほど、彫りが深い美男子。なのに、挙動不審気味。クリスティーヌとのシーンでは、二人がいちばん幸せであったであろうレッスンのシーンがいい。

初々しさがそのままクリスティーヌ、な山下クリスはもちろん、女性陣だとたぶんMVPは悪役カルロッタだと思う。正々堂々(?)観客に痛い目にあって欲しいと思わせる悪さで、その癖、とてもチャーミング。

怪人にあくまでクールさを求める人は期待外れ、今までの『オペラ座の怪人』で、いまいち感情移入する相手を見つけらずにいた人にはとてもおすすめ。きっと誰かしら、心を打つ言葉を持っている登場人物がいる。

 

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たっぷりいい空気を吸ったような気持ちで劇場を後にし、赤坂サカスをぷらぷらとお散歩。街も既にハロウィンの気配がして、いつのまにか浸透している秋の行事に、2000年代ももうすぐ15年なんだなあ、と変に実感が湧く。

4年前、ここにやってくる度に、自分のしたいことが少しずつクリアになって行く気がした。ほんとうは、そんなのとっくにわかっていて、その決意を固めるために、この場所に足を運んでいた気もする。

今立っている場所に向かって人生の舵を取り直すことを、わたしは4年前、3度目に座った赤坂ACTシアターの椅子の中で決めた。

1階席にはうっすらとスモークが焚かれ、どこからか薔薇のようないい匂いがし、照明が落とされた劇場は、今まさにこれから夢を観んとす、という静かな昂揚感に包まれていて、「何かが始まる気配」に満ちていた。

その時よりずっと良い席に腰掛け*9、あの時とは違う演目を観ながら、何度でも来よう、と思う。今いる場所に首をかしげたくなったら、まずはこの劇場へやってきて、あの日の自分に会いに来ればいい、と。

どこかに「始まりの場所」があるとしたら、たぶんわたしにとってのそれは、赤坂にある劇場の、後もう1ブロック前だったら! と思いながら座る、1階後方左端のあの席である。

*1:松之助 平野顕子のパイとケーキの店

*2:ミュージカル『ファントム』— 『オペラ座の怪人』の真実 | 公式サイト

*3:『ファントム』について知らない、というよりは、「もう一つの物語」とは言いつつ、ほぼ『オペラ座の怪人』と同内容で何か少しアレンジがあるのだと思っていた。

*4:ファントムの本名

*5:初めて拝見する吉田栄作氏の、佇まいからかっこいいレベルのかっこよさときたら!

*6:そして、当時観るのは渋いおじ様に限る、と思っていたわたしは、それはそれで喉をごろごろ鳴らして喜んだ。

*7:むしろ「かっこいい」と思ったのは、最初のマントを翻して去っていく登場シーンだけかも……。

*8:どちらかと言うと、クリスティーヌの言動が理解できる、というのが結構大事なことな気がする。原作の彼女なんて、ほんと自分勝手な尻軽に見えるからなあ……。クリスティーヌにはいらいらするし、そんな風に彼女を描いていることに不満を覚えるしで、なんとなく後味が悪い。

*9:こういうのは、きっと無欲の勝利なのだと思う。明日行く『三文オペラ』もこれまでの少ない観劇経験の中で、一二を争う良席である。何か月も前からチケット戦に参戦しているものほど、席が遠い。(天海祐希さんのとか)