口紅1本、香水1瓶、それから文庫を2冊だけ
身軽な人生はきっと素敵だと、ずっと思っている。でも、ちっとも物は減らなくて、引っ越しをするたびにダンボールの量に呆然としてしまう。
たとえば、幼稚園のときにもらったロザリオ(ばらの匂いがする)、小学生のときにもらったさかなの骨のネックレス、中学生のときにつくったプリクラ帳、高校生のときに買った今はもう使わないティンカーベルのメモ帳。
そんなものが、どうやって実家の部屋からついてきたのかわからないけれど、何度引っ越してもちゃんとついてきていて、びっくりする。
前は壊れたものもなかなか捨てられなかったけれど、ここ数年はさすがに壊れたものやダメになったものは「おつかれさま」を言えるようになり、ようやく少しだけシンプルな暮らしに近づいてきた。
そうは言っても、まだまだ身軽にはほど遠い部屋で、ついつい必要のないかわいいもの&すてきなものに出会うと衝動買いをしてしまうくせは、当分治りそうもない。
だから、身近な人は、わたしの旅行鞄を見るとたいてい、「うそでしょう」と驚く。
2泊3日までならば、A4が入る程度の普段使いできるバッグひとつ、3泊4日ならもうひとまわり大きいものが望ましいけれど、国内旅行で、そして夏場であればたぶん普段使っているバッグでなんとかなる。旅の時だけは、やたら身軽になるのだ。
身に着けるものはぱっと洗濯して、その日の晩のうちに乾いてしまうさらっとしたものしか持っていかないし、母からこのパレットをもらってから、メイク道具もこのコンパクトひとつだけになった。
だいぶ使っているので、いろいろと粉飛びをし始めていのはご愛嬌。
ふだんからそんなに色々な道具を駆使してメイクをする方ではないのだけれど、それでも、平日の朝に使っているすべてのものを旅先に持っていこうとすると、おそらくそれだけで結構な重さになる。
すりガラスのような容器に入ったPrimavistaのクリームファンデーションとか、両手サイズのエスティーローダーのアイシャドウパレットとか、持ち重りのする素材でできたYSLのチークとか、晃祐堂のハート型のピンク色のチークブラシとか。
かわいいものはどうも、持ち重りがするものが多い。
ほかにも、いつもパウダーで描いている眉を旅先ではペンシルにしたって、マスカラやらアイラインやらグロスやら口紅やら、ひとつひとつはそうかさばらないものが、まとまるとびっくりするくらいかさばってしまう。
でも、どうせメイク自体はあっさりとしたものなのだ、何も一式持っていかなくても、と割り切ったら潔くこのパレットひとつでどこへでも行けるようになった。
一番右上がファンデーション、真ん中がチーク。左側には4つアイシャドウが並び、一番濃い締め色は眉も描ける。グレーのシャドウはライン代わりに。
一番下の段は口紅とグロスで、後はマスカラ1本を持っていけば、このパレットひとつでわたしの顔はだいたい完成する。ケースには、アイシャドウのチップと、フェイス用のミニブラシも入る仕様になっているので、おそろしくコンパクトだ。
保湿系とメイク落としはここぞとばかりに、ぺらっとしたサンプルを。
このパレットとマスカラ、それからさらっとしたワンピースだけ小さなトートバッグに入れて、ぽんっとふだん使っているバッグに投げ込み、こちらも吟味した文庫本を2冊だけしのびこませ、満タンに充電したiPhoneで音楽を聴きながら歩く駅までの道は本当に身軽で心楽しい。
もしものときの3万円だけ入れて、レシートも領収書も整理したお財布すら、いつもより軽くて、いつもこれくらい身軽に暮らせたらいいのに、と思う。これだけでいいんだ、とわかる。
ほんとうに必要なのは、こんな肩から下げられる程度のかばんに、すっと入ってしまうようなものだけなんだ、と。何か必要になれば旅先で買えばいいんだ、と思い、実際にはほとんどそのかばんの中身でやっていけてしまう。
その解放感! その身軽さ。
でも、それでも旅の終わりには、またひとつやふたつ、部屋を散らかすお土産といっしょに戻ることになる。旅の前に掃除した、いつもより少しすっきりとした部屋の密度を上げるように。
必要になればいつでも、このかばんだけでどこまででも行けるのだ、と思うと心の底から安心して、いつもの家に、あれやこれやと無駄を詰め込むことが楽しくなる。
その身軽さに一役買っているのがこのコンパクトで、だからわたしはDIorの紺色のケースを見ると、いつも少し心が軽くなる。
いつかは赤い口紅を1本と、ほんとうにお気にいりの香水を1瓶、それから晴れた日に読む本と、雨の日に読む本の2冊だけ文庫を持って生きていきたいけれど、今はまだ、旅に出るときに試してみるくらいがちょうどいい。