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ときどき晴れのくもり空

いつか想像してた未来と今が少し違っていたって

8年目のテーブル

夏日の土曜日、ダイニングテーブルが、やってきた。

5月後半の2週間、平日は飲み会やら、休日は予定が入っていたりでばたばたとした中、何個かお店を巡り、めぼしいものを見繕い、値段におののいたり、サイズに首を傾げたり。

そして、結局、一年前に「これがあったら生活がいいものになるだろうなあ」と一目ぼれしていたダイニングテーブルを、一年越しに購入した。時間をかけてもかけなくても、買い物は一目ぼれでしかできない性質みたいだ。

やってきたのは長方形のテーブル、そしてベンチ。どちらも新鮮だなあ、と思ったら、恋人は「実家を思い出す」とぽつり。我が家のテーブルは楕円形で椅子が4脚だったので、その感想自体が、とても新鮮だった。

http://instagram.com/p/osm-3CL5RV/

実家には、わたしが物心ついてからずっと、ダイニングに大きなテーブルがあった。小学生のときは夏休みになると、妹とふたり、そのテーブルで宿題をしたし、週末にはクッキングシートを敷いてクッキーの型抜きをしたりした。

小さい頃は、ごはんの間にアニメを見るのが楽しみで、TVが見える席は、いつのまにか子どもたちの席になった。TVに近い手前の席はいつも人気で、わたしと妹は我先にと食卓についたことを覚えている。

わたしたちが小さかったころの父は、子ども相手だからと言って手加減をしない大食漢だったから、TVに夢中になっているとおかずはすぐになくなるので、毎回、夕食は命がけだった。TVは見たいし、からあげはひとつでも多く食べたいし、で。

 

だから、東京に来てダイニングテーブルがない生活を始めたときには、なんだか「仮住まい」という感じがしたものだ。小学生のときは妹と同じ子ども部屋が、中学生になってからは自分の部屋ができたけれど、生活の中心はいつもダイニングとリビングだった。

ソファにあつらえたローテーブルでごはんを食べる生活が約8年(!)続き、ようやくというか、そろそろというか、またしてもダイニングテーブルのある生活である。

大学に入ったときより、就職が決まったときより、実際に社会人になったときより、ずっと「この街で生きていく」という感じがする。

 

5月の朝の風は気持ちよくて、窓もカーテンも全部開け、恋人がねじをしめたり、組み立てたりする音を聞きながら、日曜日だなあと思う。実際には土曜日なのにも拘らず。

日曜大工という言葉は、晴れた5月の空がよく似合う。なんだか、表に出てペンキ塗りをしたくなる陽気。

http://instagram.com/p/osnOzWL5Rv/

東京で初めてのダイニングテーブルでのごはん1食目は、浮かれた休日のブランチ、パンケーキにした。コーヒーを淹れて、アボカドを切って、ベーコンを焼いて、バターのにおいがする朝ごはんとお昼ごはんの真ん中。

ベンチにならんで、ジャック・ジョンソンを聴きながら食べるパンケーキは、生活と贅沢の真ん中の味がした。