読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ときどき晴れのくもり空

いつか想像してた未来と今が少し違っていたって

今日は水族館に行かない

だらけにだらけた週末が終わって、相変わらず、月曜日からちっとも徐行じゃないフルスピード感で仕事。

日付が変わる前には帰って、昨夜、夜中につくった野菜スープを飲んだ。

 

昨夜の残りのスープを胃に収めながら、そうえいば二週続けて、本当に特に何もしなかったなあ、と思ったけれど、先週の日曜日は、そう言えば抹茶ラテを飲んで、水族館に行き損ねたのだった。

 

http://instagram.com/p/jUCM8CL5Yk/

 

特に水族館に思い入れがあるわけではないにもかかわらず、なぜかずっと、恋人と品川の水族館に行きたいと思っていた。

動物園と違って、暑いときに行っても、寒いときに行っても快適だというのがいいなあ、というのはあるにしても、子どものときにだって、そんなに大喜びして行く場所ではなかったのに。

 

水族館というと、小学生の頃に行った夏の海遊館が思い出されて、むっと暑い8月の大阪で、たしかにひんやりとした館内とたくさんの水槽は、目にとても涼しかった。

ぐるぐると折り返して並ぶ入場待機列で、妹とわたしはいくらでも遊べたし、中学生になって母と二人で行ったときには、プリクラを撮った。

そういう「待っている間」のことは鮮明に思い出せるのだけれど、特に入った先でものすごく楽しんだという記憶は、正直なところない。オオカミが見られるので、どちらかというと、動物園の方がわたしは好きだった。

 

動物園には、付き合い始めてすぐに行った。まだ恋人が遠くに住んでいた頃、東京に遊びに来た際に、「絶対に行かないよね、お互い」と言いながら、それを面白がって上野まで足を延ばした。

たしか季節は秋口で、ぎりぎりソフトクリームが食べられたから、まだそんなに寒くなかったころだと思う。

その当時、わたしはまだ学生で、恋人が休みをとって平日に遊びにきたので、園内はお母さんと子ども、あるいは遠足の先生と子ども、という組み合わせがいちばん多く、間抜けなくらいにのどかだった。

いるだけでスターなパンダのおしりを眺めたり、鳥におびえたり、あまりにお客さんがいなかった象の前で30分粘り、ぽやぽややってきた遠足の子どもたちに、きちんと人気なのを確認して安心したりした。*1

 

そんなこんなで意外に動物園が楽しかったから、というのもあるけれど、それだけでは、なぜそんなにいっしょに水族館に行きたいのかは、やっぱり自分でもよくわからない。

それでもまあ、行きたくて、先週の日曜日は今年こそ行こうと、外にまでは出たのである。

でも、結果的には、向かい合って懐かしいお昼ごはんを食べていたら、最寄駅にたどり着くこともなく、イルカのショーの時間を過ぎてしまった。

http://instagram.com/p/jUCLTur5Yf/

恋人がまだ渋谷に勤めていた頃、土日出勤があって、わたしが休みのときには、何度も待ち合わせしてお昼ごはんを食べたカフェを、久しぶりに訪れたのである。

”茶鍋カフェ”*2というそのカフェは、渋谷にあって渋谷じゃない落ち着きがあり、駅ほぼ直結なのにいつもほどよく空いている、そしておいしくて体にいいことをしている気持ちになるメニュー、という理想的な待ち合わせ場所だった。

いつも座っていた席にたまたま通され、いつも他のものを頼んでみたいのに、と思っていたいつものメニューをそれぞれ頼む。

 

イルカのショーに間に合わなかったのは、わたしが飲み物を頼んだからだ。

お昼にはお得なドリンクセットがあって、その抹茶ラテがずっとずっと気になっていたのだけれど、温かい飲み物を飲み干すまで、恋人はわたしのことを待っていられない。短いお昼休みを終わらせ、ばたばたとひとり先に伝票を持って立ち去ろうとしてしまう。

恋人が来るのはいくらでも待てたけれど、ひとりで恋人の去って行ったカフェに長居をするのはなんだかおもしろくなくて、わたしは一度も飲み物を頼んだことがなかった。カフェなのに。

向かい合って座ったときに、今日は終りの時間を焦らなくていいんだ、と思い、初めて抹茶ラテを頼んだ。

 

まあ、結果的に水族館には行けなくなってしまったわけだけれど。でも、またいつでも行こうね、と言える気軽な距離になったことが、むしろ嬉しい日曜日の午後だった。

*1:不人気な象というのは、その大きさの分、もの悲しい。いっそ、哀愁が漂っている。

*2:茶鍋カフェkagurazakasaryo|渋谷マークシティ