五反田くん
五反田を通る度に、五反田くんのことを思い出す。
高級車を乗り回し、とてもさわやかな見た目をしているらしい、好青年というのを絵に描いたような、ある小説に出てくる俳優のことを。
実際の知り合いではなくて、本の中の人物のことを、毎回毎回、この駅を通過する度に律儀に思い出すというのは、奇妙な習慣だなあ、と我ながら、ときどき不思議になる。
それも、確かにその小説の中で、彼はなかなかに重要な役なのだけれど、わたしは特に彼に思い入れがあるわけでもないので、尚更不思議。
ただ、どうしたって、思い出すのだ。山の手線のドアが開く→駅の名前が聞こえる→五反田くんのことを思い出す。ここまでが完全にセットだ。
そして、だいたいその後は、ピニャコラーダを思い浮かべる。同じ小説の中で、綺麗な少女が繰り返し飲むお酒で、わたしは登場人物の中で、彼女のことがいちばん好きだったから。
例えばそれは、忘れていたつもりでも、大阪で電車に乗ろうとすると起きたりもする現象で、そういうことが起きる度に思う。
地名や駅名が名字の人とは、わたしはちょっと、付き合えない。
という話をしたら、それはまあ別れることが前提の思考回路だね、と言われた。なるほど。
ぐうの音も出ない。